Skyllaの箱庭

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軍艦の進化と種類(4)

軍縮条約明けから第二次世界大戦(WW2)の話。(前編)

■戦艦と巡洋戦艦と高速戦艦
戦艦と巡洋戦艦と高速戦艦の境目が解らなくなっている。
金剛型は装甲を強化して巡洋戦艦から戦艦となり、更に馬力2倍で高速戦艦になったが書類上は戦艦であって高速戦艦ではない。
砲弾の進化や弾道特性から自身の火力も敵の火力もアップしているので戦艦として充分な装甲と言えず、相対的には巡洋戦艦じゃないのか?とも言える。
扶桑型、伊勢型、長門型は戦艦だが馬力2倍に改造して24~25ktの高速戦艦だった、でも条約明け後に作られた新型戦艦が皆27kt超えなので、高速戦艦と言うのは無理がある。
(それでも米英の主力戦艦よりは速い)
イギリスのフッドは巡洋戦艦だが、ポストユトランドの思想で戦艦並の装甲を持っているので実質は高速戦艦だ。
アメリカのアイオワ級33ktの高速戦艦だが、装甲を妥協している為に実は巡洋戦艦だと言える。

ゴチャゴチャ書いたが、結局戦艦と巡洋戦艦と高速戦艦の枠で分類できなくなった。
もう纏めて戦艦でいいや(笑

この時代になると小型の巡洋艦や駆逐艦や潜水艦でさえも強力な魚雷を持ち航空機も魚雷を積み始めている為、戦艦の活躍する場面は少なくなっていた。
それでも戦艦が泊地に鎮座する事で敵は容易に攻めて来れなくなる。
もしソロモンみたいに戦艦が戦場に出てきたら相手は戦艦対策で大騒ぎになる。
戦わずして敵の行動を縛る事に関しては戦艦以上に有効な艦は無い。
戦艦の存在意義、それはそこに存在する事だと言える。

そして戦艦同士で殴り合えば勝てたとしても修理の為に長期間引き篭もる事(存在しない事)になる。
例えば米軍最強のサウスダコタと新型戦艦ワシントンの2隻で旧式戦艦霧島1隻に勝てたけど、サウスダコタは半年もの長期間修理の為に存在の力を失ってしまった。

反撃される心配の無い時や傷付いたり沈没しても問題ない時以外では、積極的に使うべきではないと思う。
そして米軍は多少撃沈されても問題無いほど多数の戦艦を揃えてから攻めてきた。
日本軍はダメ元で打って出るしかなく、各泊地に散らばった戦艦を集結させつつ各個撃破を狙ったが、集結前に各個撃破されてしまった。

大艦巨砲戦艦時代遅れとか言われるけど、確かに最強の大艦や巨砲は必要なかったと思うけど、そこそこの性能でも良いから戦艦は沢山必要だったと思う。
条約や国力の問題で数を揃えることができなかったからしょうがないんだけどね。

あとアメリカは33ktバケモノのアイオワ型を4隻建造したけど、これは金剛型への恐怖の過剰反応だった。
30ktの高速であらゆる戦艦の追撃を振り切り、巡洋艦や駆逐艦なら追いつけるが全く歯が立たない。
こんな金剛型が後方の輸送船団を襲撃したら手も足も出せずに一方的にやられる。
かと言って主役の戦艦の一部を輸送船団の護衛に付けたら、金剛型と刺し違える事はできるけども、前線の主力部隊は日本軍の主力戦艦に質も数も負ける。(開戦時)
アメリカが最も恐れていたのは主力戦艦と連携して遊撃を行う金剛型だった。
(長門型等の主力と金剛型が両方揃って始めて脅威になる)
アイオワ級は金剛型より走攻守全てで上回る様に設計されていた。

■大型巡洋艦
アメリカの優秀な諜報部隊は開戦前に日本が重巡を超える秩父型大型巡洋艦の建造を始めたと言う情報をキャッチし、対抗する為に12in砲9門33ktアラスカ級大型巡洋艦を建造した。
ただ、従来の戦艦と同じぐらいのコストが掛かってしまうので装甲とか色々妥協していた。
そしてこれを6隻計画し開戦直後に建造を開始した。

しかし戦争が始まってみると秩父型大型巡洋艦と言う物がどこにも見当たらなかった。
それもその筈、日本にはそんな軍艦の建造どころか計画すらなかったのだ。
結局2隻完成して3隻目は進水後に建造中止になった。ブルジョワめ!

ただ、このアラスカ級大型巡洋艦の情報は日本側も早くからキャッチしていて、対抗で超甲型巡洋艦の検討をした。
開戦で余裕が無かったので起工はしなかったが、31cm砲9門の33kt金剛型並の重装甲で、夜戦部隊の旗艦や支援を行う事を考えていた。
大和型を縮小した様なスタイルで金剛型より火力が劣って速度で勝る物だった。
後にソロモンで金剛型が大活躍して酷使された使い方を最初から想定していたのだ。

アラスカ級は運用思想も何も無くただ何となく大きい巡洋艦として建造され、無理なコストダウンの為にカタログスペックの33ktも無理をしないと出せなかったり、艦隊行動に支障が出るほど舵の効きが悪かったりで、特に役目が与えられる事も活躍を期待される事も無く、終戦後早々にスクラップになった。

金剛型は巡洋艦以下を圧倒し戦艦以上なら逃げる事も刺し違える事もできるって事で恐怖を与えたが、それに加えて巡洋艦以下を逃がさないってのは無茶苦茶怖いと思う。
もし超甲巡を作っていれば(間に合わねーけどw)、ソロモン海周辺の攻防戦が一変していた可能性がある。

■軽巡洋艦と重巡洋艦
条約期間中は制限枠(日本は10万8千トンまで)一杯に重巡を作り、軽巡枠で重巡と同じ船体&防御で軽巡の武装の軽巡を6隻作った。
最上型4隻は条約明けに主砲を換装して重巡となり、利根型は建造前に条約が明けたので重巡として完成させた。(書類上は両方とも軽巡のまま)

超軽巡の古鷹(青葉)型4隻を重巡扱いにされて制限枠で損をしたので1.5倍返しだ。

でもイザ条約が明けてみると軽巡は骨董品しか無かったので、重巡の増産よりも軽巡の阿賀野型や大淀を優先した。
阿賀野型は水雷戦隊旗艦の為の正等進化だが、大淀は潜水艦隊旗艦向けの変り種で古鷹(青葉)型より大きかった。
重巡はそれなりに強いけど適材適所で軽巡も必要だった。
まあ阿賀野型が完成した頃には水雷戦隊が活躍する様な戦いは起きなかったんだけどね。
あと、軽巡や重巡にもソナーや爆雷は搭載されていた。
潜水艦と直接戦うには小回りの効く小型艦のほうが強いのだけど、反撃能力が有るかどうかは重要だったんだろうね。

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